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東京高等裁判所 昭和54年(ラ)151号 決定 1981年2月03日

抗告人

株式会社日本ゆうせん

右代表者

堀江清晃

右代理人

西垣義明

相手方

日本電信電話公社

右代表者総裁

真藤恒

主文

原決定を次のとおり変更する。

債権者を相手方、債務者を抗告人とする新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(ヨ)第六〇号線条撤去等仮処分申請事件の仮処分決定正本に基づき相手方が抗告人に対してした仮処分執行(同支部昭和五三年(執ハ)第一七号仮処分執行事件)につき、相手方が負担すべき費用額を金一一九万三九一五円と確定する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙一及び別紙二記載のとおりである。

よって検討するに、

一一件記録によれば、新潟地方裁判所長岡支部は、相手方の申請にかかる本件仮処分事件について、昭和五三年六月二四日、(1)抗告人は仮処分決定送達後一〇日以内に相手方所有の長岡局管内の公社電柱一五一本及び小千谷局管内の公社電柱六九本(合計二二〇本)に抗告人が有線音楽放送を行うため添架した線条(以下単に音放線という。)及びこれを電柱に固定するためのバンド、引留金物等一切の有線音楽放送設備を撤去しなければならない、(2)抗告人が右期間内に右音放線等を撤去しないときは、新潟地方裁判所長岡支部執行官は相手方の申立により抗告人の費用でこれを撤去することができる旨の仮処分決定(以下本件仮処分決定という。)をしたこと、並びに新潟地方裁判所長岡支部の金子、内藤両執行官は、相手方の申立により、同年七月一三、一四の両日にわたり、右仮処分決定に基づく仮処分執行として、信越通信建設株式会社を執行補助者として前記公社電柱に添架されていた音放線等を撤去し、抗告人に対し撤去にかかる音放線等の引取方を求めたが、抗告人がこれに応じなかつたため、相手方に対しその保管を委託し、相手方は、同月一三日、日通長岡支店の倉庫を賃借し、右音放線等を保管したことを認めることができる。

本件申立は、相手方が右仮処分執行に要した費用額の確定を求めて申し立てたものである。

二ところで、

1  抗告人は、仮処分執行の費用は仮処分の暫定的性格からして本案執行のなされるまで取り立てることができない旨主張する。

しかし、仮処分命令及びその執行は本案訴訟における権利又は法律関係の存否の確定にその適否がかかつているという意味において暫定的なものではあるが、仮処分執行は本案の強制執行に付随する手続ではなく、独自の目的をもち別個の手続を構成するものであるうえ、仮処分の中には観念的な法律状態を形成することによつて目的を達し、執行機関による執行処分を要しないものがあり、また、事実上、仮処分執行のみにとどまつて、本案の強制執行がなされない場合も存するのであるから、その執行費用は、本案の強制執行とは別個独立に取り立てることができるものと解するのが相当であり、本案の強制執行がなされるまで右執行費用の取立を許さないとしなければならないいわれはない。したがつて、抗告人の右主張は採用することができない。

2  また、抗告人は、本件仮処分執行は仮処分の緊急性及び必要性がないのに仮処分制度を濫用してなされたものであるから、その執行費用の負担を抗告人に対し求めることは許されない旨主張する。

しかし、仮処分の緊急性ないし必要性の有無は仮処分命令の手続中において争うべきであり、既に仮処分命令に基づく執行がなされた場合には、債務者は、もはや仮処分の緊急性又は必要性の欠如を主張して仮処分執行費用の支払いを免れることはできないものというべきである。したがつて、抗告人の右主張も採用することができない。

3  また、抗告人は、原審は、本件執行費用額確定手続において、抗告人が原審の催告に応じて催告期間内である昭和五四年二月三日、相手方提出の費用計算書に対する陳述を記載した答弁書を発送したうえ、同日その旨原審に連絡したのに、これを無視して相手方の主張に副う決定をしたのであるから、原決定には抗告人に弁明の機会を与えなかつた違法がある旨主張する。

しかし、記録によれば、原審は、本件執行費用確定手続において、抗告人に対し、催告書到達の日から一〇日以内に意見を申し出るよう催告し、該催告書は、昭和五四年一月二六日抗告人に送達されたのに、抗告人提出の答弁書が原審に到達したのは、催告期間経過後の同年二月九日であることが認められ、また、抗告人が原審に対し答弁書を発送した旨連絡したことを肯認するに足る資料も存しない。したがつて、原審の手続に瑕疵が存する旨の抗告人の主張も失当である。

三次に、

1  抗告人は、本件執行の対象たる音放線等の添架された公社電柱の本数は一六六本である旨主張し、そのことを前提として、原審が本件仮処分執行費用として計上したもののうち、執行官の手数料・旅費七万四九六五円及び音放線等の撤去工事費一〇六万九〇〇〇円は不当に高額である旨主張する。

しかし、記録によれば、本件音放線等の撤去作業は二班に分れて行われ、そのうちの一班は長岡局管内の公社電柱に添架された音放線等の、他の一班は小千谷局管内の公社電柱に添架された音放線等の各撤去作業を担当し、二日にわたつてこれを実施したもので、執行官の指揮も両班のそれぞれにつきなされたものであること、本件音放線は、右両局管内の相手方所有の公社電柱二二〇本にわたつて、その上部にバンドやCサシ金物等により密着して固定され、公社の電話線と入り乱れて添架されていたものであり、また、撤去にかかる音放線等の数量は、実に、音放線九〇五、九キログラム、バンド二一〇個、Cサシ金物二六六個、吊架金物一二四個、ワイヤクリップ六個、分線金物七個、屋外線引止具一〇個、シンプル一個、腕金二個(総重量六トン一二キログラム)に及んだことが認められ、かかる事実に徴すれば、本件執行は、大規模かつ困難なものであつたことが明らかであり、原審の計上した右執行官の手数料・旅費及び撤去工事費は、本件仮処分執行に必要(妥当)な額であるというべきである。したがつて、右費用が高額に過ぎる旨の抗告人の主張は採用することができない。

2  また抗告人は、撤去にかかる音放線等の保管料九万四〇〇〇円は不必要な支出である旨主張する。

しかし、記録によれば、前記執行官は、抗告人が右撤去にかかる音放線等の引取りを拒否したので、相手方にその保管を委託し、相手方は、自己の倉庫が狭隘のため、昭和五三年七月一三日、日通長岡支店に右音放線等を、保管料は一期(但し、毎月一日ないし一〇日、一一日ないし二〇日、二一日ないし月末を一期とする。)五〇〇〇円、入出庫料は各四五〇〇円、保管料支払方法は三か月毎に計算して支払う旨の約で寄託して右音放線等を保管し、同日から同年九月末日までの保管料四万円及び入庫料四五〇〇円(合計四万四五〇〇円)を同年一一月一五日支払つたこと、並びに相手方は、右音放線等の処分が予定される同年一二月末まで更に寄託を継続しなければならず、その場合には保管料四万五〇〇〇円及び出庫料四五〇〇円(合計四万九五〇〇円)の支出が必要であるとして、これをも執行費用に加算して執行費用額の確定を求め、原審は、その全部を保管料として認容したものであることが認められる。

ところで、仮処分執行費用の負担については、民事執行法附則三条の規定による改正前の民事訴訟法七五六条、七四八条により同法五五四条が準用されるから、仮処分執行のために支出された費用は、常にその全部が債務者の負担となるのではなく、そのうち仮処分執行に必要であつたと認められる部分に限り債務者の負担となり、仮処分執行に不必要であつたと認められるものは、債務者の負担とはならず、債権者が負担すべきものである。このことは本件仮処分決定のように仮処分執行は債務者の費用で行う旨包括的な表現を採つている場合においても、理を異にしない。そして、工作物の撤去を命ずる仮処分命令につき債務者が、自主的に撤去しないため、執行官が当該仮処分命令に併記された執行命令の趣旨に従いその代替執行としてこれを撤去した場合、撤去物件は債務者に引き渡すべきものであるが、債務者がその引取りを拒むときは、執行官は、前同民事訴訟法七三一条四項、五項を準用して、取りあえず債務者の費用で撤去物件を保管し、後日裁判所の許可を得てこれを競売に付し、その競売代金からその費用を控除した残額を供託することができるものと解されるところ、執行官としては、債務者が撤去物件の引取りを拒否する以上、速やかに裁判所の許可を得て撤去物件を競売に付することを要し、執行官がかかる措置をとることなく、いたずらに撤去物件の保管を継続した場合には、裁判所の許可を得て撤去物件を競売に付するのに必要とされる相当の期間を超えて保管のために要した費用は、仮処分執行のために必要な費用ということができず、債務者に負担させることができないものというべきである。

右見地に立つて本件をみると、前記認定のとおり、抗告人は撒去物件たる本件音放線等の引取りを拒否したのであるから、執行官としては速やかに裁判所の許可を得てこれを競売に付することを要したものというべく、そのために必要な期間は、さきに設定した撤去物件の種類や数量等に徴し、相手方が日通長岡支店にその保管を託した昭和五三年七月一三日から同年九月末日までの七九日間であつたと認めるのが相当である。したがつて、本件仮処分執行の費用として債務者である抗告人の負担すべき本件撤去物件の保管料(入出庫料を含む。)は、抗告人が同年九月末日までの分として既に支払つた四万四五〇〇円及び出庫料四五〇〇円(合計四万九〇〇〇円)に限定するのが相当であり、同年一〇月一日以降の保管料四万五〇〇〇円は、本件仮処分執行のために必要な費用と認めることができないので、これを抗告人に負担させるのは相当でない。

以上によれば、抗告人の負担すべき本件仮処分執行費用額は、結局、執行官手数料・旅費七万四九六五円、音放線等の撤去工事費一〇六万九〇〇〇円及び撤去物件保管料四万九〇〇〇円並びに抗告人において争わない撤去物件引渡通知料一一〇円、謄本還付金四二〇円及び謄本郵送料四二〇円の合計一一九万三九一五円となる。

四抗告人は、本件音放線を本件仮処分執行によつて一スパンごとに切断された一五〇万円相当の損害を被つたので、右損害賠償権をもつて本件仮処分執行費用の償還義務と対当額で相殺する旨主張するが、本件は、仮処分執行費用額の確定を目的とするものであるから、抗告人は、本件手続においては、原決定の認容した費用の項目及びその数額についてのみ不服を述べることが許され、費用償還義務が弁済、相殺等によつて消滅したことを主張することは許されないものというべく(昭和一〇年三月二六日大審院判決、民集一四巻一一二一頁参照)、抗告人の右主張は主張自体失当である。

五以上の次第であるから、本件仮処分執行費用額は一一九万三九一五円と確定すべきであり、これと異なる原決定を変更することとして、主文のとおり決定する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

別紙一

【抗告の趣旨】

原決定を取消す

との裁判を求める。

抗告の理由

一、相手方は抗告人を債務者として昭和五三年六月一日新潟地方裁判所長岡支部に線条撤去等仮処分申請(新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(ヨ)第六〇号)をなし、昭和五三年六月二四日同仮処分決定を得て、新潟裁判所長岡支部執行官に執行を申立て(新潟地方裁判所長岡支部五三年(執ハ)第一七号)昭和五三年七月一五日に執行を完了した。

二、相手方は、昭和五三年十一月頃、新潟地方裁判所長岡支部に対し、前記仮処分決定に基づく執行費用確定の申立をなした。

これにより同裁判所は抗告人に対して送達の日より十日以内に意見を求める催告書を昭和五四年一月二六日に送達した。抗告人は、昭和五四年二月三日(期限内)に執行費用確定の却下を求める答弁書を提出し、かつ同日答弁書を送付した旨の連絡をなした。

ところが同裁判所は抗告人の答弁書を全く無視して昭和五四年二月七日、執行費用確定決定をなした。

(新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(モ)第三六三号)

三、ところが相手方は、本件仮処分事件以来各地で同様の線条撤去等を求める断行の仮処分申請をなしているのであるが、未だ一度も本案訴訟を提起したことがない。これは、相手方が断行の仮処分執行によつてその目的を達したことからであろうが、仮処分の緊急性および必要性が全く無いのに、簡単な便法の手段として仮処分申請をなしたものであり、仮処分制度の乱用であり許すことができない。

四、本件仮処分の執行は、通学四人を一班として、一班で一日二キロメートルの撤去作業が可能であり、本件仮処分の執行距離は、約六キロメートルであり、三班(一二名)も投入すれば十分な作業量であり、一人の作業日当を一万円としても十二万円、雑費として一割の加算を認めるとしても一三万二千円で済んだはずである。

相手方は故意に大量の作業員を投入したばかりか、抗告人の所有に属さない有線音楽放送線条などの撤去もさせており作業は一日で完了することが容易であるにもかかわらず執行官二名を使用するなどして本件撤去作業に二日間もかけて、冗長に執行を行なわしめている。

このようにして行なわれた執行についての費用は、不当に抗告人に経済的負担を与えるためなされたものであるから認めることは全くできない。

五、原審は二項で述べたように、本件執行費用確定について答弁書を裁判所の指定した期限内に提出したにも、かかわらず期限内に到達しなかつたとして相手方の主張を全面的に認める執行費用確定決定をなし、抗告人に十分な弁明等の機会を与えてなかつた重大な違法が存する。

六、また仮処分執行費用は、その暫定的性格により、本案執行のある迄取立てできないと解すべきであり、民事訴訟法第五五四条も、保全命令の執行に対しては、以上の範囲で準用されるにすぎないと解するのが相当である。

七、その余の主張は原審答弁書のとおりである。

よつて、原決定の取消を求める。

別紙二

一、撤去工事費用金一、〇六九、〇〇〇円について否認する。

1 音楽放送線の撤去作業は、四人を一班とし、一班で一日二キロメートルの撤去が可能である。

本件仮処分の対象電柱は一六六本で、本件総キロ数は約六キロメートルであるから三班を投入すれば撤去の執行は完了するものである。

2 作業員日当一人一〇、〇〇〇円としても一班四人で四〇、〇〇〇円、本件では三班を要するので、合計一二〇、〇〇〇円、雑費として一割を加算しても一三二、〇〇〇円位が相当である。

(疏乙第一号証)

二、執行官手数料・旅費金七四、九六五円について否認する。

1 本件仮処分の執行はわずか一六六本の執行であるから執行官一人で十分足りるものである。ところが二名も執行官が関与しており過剰である。

2 また本件執行には二名の執行官若しくは補助者が執行に当つた様であるが、執行官は一つ一つの撤去作業に終始立会う必要はなく、順次作業状況を巡回監視することで足りるものと判断され、執行補助者等は不要である。

従つて、執行官費用は、一人一日分一八、〇〇〇円程度が相当であると思料される。

三、撤去品保管料金九四、〇〇〇円について否認する。

1 通常約六キロメートルの電線であれば、一キロメートル巻電線ドラム(直経約一メートル)(幅三〇センチ)六巻で足り債権者の物置ないし倉庫に容易に保管できるものである。倉庫業者に勝手に預けた右保管料まで請求するのは全く不当である。

2 また債権者は債務者に引取の手続をとらず、かつ予め倉庫業者に預ける旨の通知もなしていない。

3 債務者は債権者の引取の通知がなかつた為、放送線の購入を余儀なくされて、莫大な損害を蒙つている(金一、五〇〇、〇〇〇円相当)。

四、また本件仮処分の執行は、放送線を一スパン(電柱毎)に切断して執行し、債務者の放送線を「くず線」とするに至り、放送線一メートル単価二五〇円×六、〇〇〇メートルで計一、五〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つている。

よつて右損害と相殺を主張する。

(疏乙第二号証)

五、債権者は、執行費用について現時点で執行する意思のようであるが、仮処分執行費用は、その暫定的性格から、本案執行のあるまで取立てできないと解するべきであり、民事訴訟法第五五四条も保全命令の執行に対しては以上の範囲で準用されると解するのが相当である。

なお実務も本案債務名義による本案執行のあるまで、右保全執行費用の取立を中止せしめている慣例がある。

(疏乙第三号証)

六、よつて本件確定の申立は却下されるべきである。

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